ターンブル&アッサー
(イギリス)

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オーダーしていたシャツがロンドンから届いた。
ターンブル&アッサーである。

シャツは、フランスのシャルベにとどめを刺すと思うが、イギリスのシャツならターンブル&アッサーを着るべきだ。
スーツの聖地がロンドンのセセビル・ロウだということは広く知られている。
シャツの聖地はロンドンのジャーミン・ストリートだ。

創業は1885年。シャツの仕立て職人だったレジナンド・ターンブルとアーネスト・アッサーの2人が始めた。
ターンブル&アッサーのシャツが今でも斬新なのは、色づかいだろう。
白いシャツだけだった時代に、ブルーやピンクのシャツを発表した。

僕のお気に入りは、ストライプ柄を多用したシャツで、このストライプの配色と、線の配置が絶妙なところにある。
ほんの少しでも、濃淡が異なると、たぶん奇をてらいすぎた憎体な派手シャツになってしまう。
ほんの少しでも、線描が異なると、下種の一寸のろまの三寸のシャツになってしまう。
いっけん、派手に見えて、スーツやジャケットに合わせると、優雅な気品をかもしだす。
だから、チャールズ皇太子はターンブル&アッサーのストライブシャツを着ている。

王室御用達(ロイヤルワラント)のシャツである。オーダーすると、
「1ヶ月後にシャツを仕上げて送るので、家で3回洗濯した後、再採寸して送り返して欲しい」とメールが入る。3回洗濯することが、最上のフィットを完成させるために必要不可欠らしい。

ロンドンには他にも、ヒルディッチ&キーとか、ケント&カーウェンとか、ギーブス&ホークスとか、2人の創業者(厳密には後継者もいる)の名前を冠したシャツ屋が多い。
ホームズ&ワトソンのように、どちらか1人が欠けると機能しなくなってしまうのがイギリス人なのだろうか。

ターンブル&アッサーは、ジェームスボンドのシャツである。
ホームズ&ワトソンはコンビで活躍するが、007は孤高のスパイだ。
6代目ボンドのダニエル・クレイブは第24作『スペクター』では、トム・フォードのシャツを着る。こうして初代ショーン・コネリーから歴代ボンドが着ていたターンブル&アッサーのシャツはスクリーンでは観られないことになってしまった。

ボンドは格闘したあと、結び目が乱れたネクタイを締め直し、ターンナップカフスの袖口を引っ張って、スーツスタイルを調える仕草を見せる。
カチカチの襟と、カチカチの袖口。

フランスのシャルベのシャツが柔軟さをエレガントの基本と考えてシャツをデザインしているのに対して、イギリスのターンブル&アッサーは堅牢こそがデグニティの基本だと考えている。
その尊厳を示す仕草が、ボンドにとっては格闘後の身だしなみのリセットなのだ。
このときのシャツは、カチカチのターンブル&アッサーのシャツでなければ、表現できない。

ウィンストン・チャーチルもターンブル&アッサーのシャツを愛したイギリス首相だった。
あのでっぷりと太った体型をだらしなく見せないためには、ターンブル&アッサーのカチカチのシャツが不可欠だった。まさに尊厳のシャツである。

ターンブル&アッサーのシャツはクリーニングに出すべきではない。
もしもクリーニングに出すなら、手仕事のクリーニング店に持ち込むべきである。
水洗いと、アイロン仕上げがシャツの尊厳を保つためには必要だからだ。
僕は、ロンドンから届いたターンブル&アッサーのシャツを着ることも楽しみだが、このシャツを手洗いで洗濯するのも楽しみなのである。

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ちなみに、シャツと同時にオーダーしたポケットチーフも生地はカチカチで、スーツやジャケットのポケットに挿したときに、ヘニャリとへたれることがない。

凛として立ち、凛として座る。凛として語り、凛として去る。
出版社の編集者や、広告代理店の担当者と打ち合わせをした後で、あるいは企業の広報担当者に取材をした後で、退室した僕はターンブル&アッサーのシャツの襟と袖口を調える。
格闘をした後で、孤高のスパイが自分の尊厳を取り戻すために、シャツを調えるように。

その姿は、誰にも見られてはならない。

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