包帯

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僕はいま歯に包帯をしている。

歯周包帯とか歯周パックと呼ばれるモノで、ペースト状のガムみたいな素材を歯と歯ぐきとに伸ばして付着させる。
しばらくすると固まって、歯と歯ぐきを守る包帯になる。
歯周病の手術を受けた後などに、この歯の包帯が処置される。
打ち明けると、僕は歯周病を悪化させてしまって、治療中なのだ。

包帯を巻くとはいうが、漢字のままの意味を採れば包むのが包帯である。
医療ジャーナリスト的な知見を申し上げると、包帯は外科治療の基本である。
外傷、火傷などの患部に巻いて、雑菌などの侵襲を防ぐ。
患部に巻いて、出血を抑える。
患部に巻いて、圧迫を加え、疼痛を和らげる。
患部を固定して、筋、骨格、血管などのMotionによる組織損傷を防ぐ。

包帯の起源は定かではないが、医療の起源と時を同じくするくらいに古来から使われてきたようだ。古代ギリシアの壁画には、大腿部(太もも)に包帯を巻いた男の絵が残されている。

理髪店(床屋)の看板で円筒状にくるくる回っている看板は、血管と包帯を表現しているという説がある。
12世紀のヨーロッパでは、理髪店と外科医は兼業だった。ケガを負った人は理髪店で治療を受けていたという。
赤色は動脈で、青色は静脈で、白色は包帯を表しているという説は知っている人も多い。

ところが、血管に動脈と静脈があると発見されたのは17世紀になってからのことで、理髪店の看板の起源としては、どうやら後付けされた誤説だという。

包帯といえばミイラである。古代エジプトでは、死者の身体に包帯を巻いてミイラにした。
日本語では木乃伊と書く。江戸時代の17世紀にポルトガル語からミイラと言う言葉は日本に定着した。

mirraは防腐薬のことである。
古代エジプトのミイラは、遺体から内臓を取り出し、脳を取り出し、炭酸ナトリウムの液体に浸して防腐処理をする。それから包帯を身体中に巻いて棺に納めた。

なぜ、そんなことをしたかというと、死者を復活させるためだった。
肉体は魂の入れ物であり、魂が再び現世にやってくるときに、身体が残っていないと復活できない。再生のために身体を永遠に保存する。それがエジプトのミイラ製作の思想だ。
包帯は、魂のために死者を守り続けたのである。
巻くのではなく、包む包帯の祈りがそこにはある。

包帯は、官能的な香りがただよう。エロスというより、タナトスの官能だろうか。
夏の日に、半袖の白いシャツを着て、包帯で腕を包んだ少女が、うつむいて橋の上を歩いてくる。そんなシーンだけでもタナトスの官能が漂う。
包帯に包まれた、傷なのか、痣なのか、誰にも見せない秘密なのかが隠されていて、感傷を誘いながら、その少女への淡い想いがわき上がる。

包帯の下を覗けば、その少女の秘密が見えるような気がする。

川端康成の小説には、包帯が多く描かれる。
火傷を負った美人妻が包帯を巻かれて、入院しているシーンはどの小説作品に描かれていたか。
女子学生が、腕に包帯を巻かれているのを級友に見せながら、
「この包帯、伊達だわねぇ」
と、うれしそうにはしゃぐシーンは、どの小説作品に描かれていたか。
ノーベル文学賞作家の川端康成は、包帯の官能に魅せられた小説家だった。

指に巻かれる包帯もまた秘密の香りがする。
自分の手で、自分の指に包帯を巻くのは至難である。
誰かが巻いてくれないと、指の包帯は結べない。
恋人が指にきれいに結ばれた包帯をしていたとしたら、そしてその包帯について、何も語らないとしたら、きっと思い惑うだろう。

包帯の下には、怪我だけでなく、秘密も隠れるが、包帯の上にもまた秘密が巻かれることがある。

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