<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>life-style &#187; ファッション</title>
	<atom:link href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/category/fashion/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://life-style.urayama-akitoshi.com</link>
	<description>URAYAMA-AKITOSHI</description>
	<lastBuildDate>Wed, 08 Jul 2015 12:08:17 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
		<item>
		<title>傘</title>
		<link>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%82%98/</link>
		<comments>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%82%98/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Jul 2015 12:45:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ファッション]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://life-style.urayama-akitoshi.com/?p=926</guid>
		<description><![CDATA[<p>梅雨になると傘の出番だ。現代では傘といえばまずは雨傘を指す。 アンブレラである。 傘は4000年前にはエジプト、ペルシャ、インドなどで使われていた。 しかし雨傘ではなく、日傘であった。 つまり、パラソルの方が起源は古い。 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%82%98/">傘</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/07/kasa-300x225.png" alt="kasa" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-928" />梅雨になると傘の出番だ。現代では傘といえばまずは雨傘を指す。<br />
アンブレラである。</p>
<p>傘は4000年前にはエジプト、ペルシャ、インドなどで使われていた。<br />
しかし雨傘ではなく、日傘であった。<br />
つまり、パラソルの方が起源は古い。</p>
<p>さらにいえば、富と権力の象徴が傘であった。あるいは魔除けであった。</p>
<p>開閉式の傘が開発されたのは、13世紀のイタリアである。<br />
まだ日傘としての用途であった。</p>
<p>これがフランスに伝えられる。<br />
17世紀のフランスでは、町中で２階から投げ捨てられる汚物（糞尿）を避けるために女性には傘が必需品だった。</p>
<p>イギリスでは18世紀になって、開閉式の傘が伝えられた。</p>
<p>誰だったか、イギリス紳士の青年が雨の日に傘をさして、新聞沙汰になるほど嘲笑された。<br />
しかし雨傘は、やがて雨の日には濡れるのが常識だったイギリスで普及し、現在の傘として世界中に広まっていった。<br />
傘といえば、英国紳士というイメージは、それほど古くはないのである。</p>
<p>英国紳士の代名詞であるイギリスのフォックスは、世界中の紳士の憧れである。</p>
<p>イタリアの傘といえばマリアフランチェスコ、そしてドイツの折りたたみ傘のクニルプス。</p>
<p>ドイツ語でクニルプスといえば、折りたたみ傘のことを指す。<br />
商品名が一般名詞になっている。</p>
<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/07/kasa2-225x300.png" alt="kasa2" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-931" />日本では、欧米で雨傘が普及する以前から和傘が雨傘として使われていた。<br />
和傘には番傘や蛇の目傘や端折傘（つまおれがさ）などの種類がある。<br />
紙、あるいは布に柿渋、桐油などを塗布して、防水性を高める。</p>
<p>洋傘の骨が8本、多くて16本であるのに対して、和傘は数十本の骨が使われる。</p>
<p>理由は単純で、モンスーン気候で梅雨や夏の雷雨や秋の台風などによっていっきに大量の雨が降る日本では、雨具は必須だからだ。暴風雨のような雨に耐えるためには、骨組みのしっかりした雨傘が要る。</p>
<p>日本では全国的には、蓑と笠が一般的であった。<br />
レインコートである。<br />
長距離を移動するには、蓑と笠だった。</p>
<p>和傘は、江戸や京都などの街なかを移動する際に、使われた。</p>
<p>これも理由は単純で、近距離を移動するのに、わざわざ蓑と笠を身にまとわなくても、和傘で雨のなかを移動できる。</p>
<p>和傘の発生は、どこに起源があるのかはっきりしない。</p>
<p>京都だとか、江戸だとか、いや大阪だとか、いずれにしても昔の都市部で発生したようだ。</p>
<p>僕も英国紳士に憧れてフォックスの傘を使ったが、数年で壊れてしまった。</p>
<p>理由は、雨の質の違いだと知った。</p>
<p>欧米の雨は粒が小さく、霧雨に近い。重量を支える必要は無く、布地の木目も荒くて充分だ。</p>
<p>日本のようなモンスーン気候地の降雨は、雨粒が大きく、加速度も早く、重力が激しい。<br />
すると、繊細すぎる欧米の傘では耐久できない。</p>
<p>そこで今上天皇陛下が、昭和天皇陛下の大喪の礼でさしていた頑丈そうな傘が気になった。</p>
<p>前原光栄の16本骨の傘だった。<br />
日本の気候を考慮した洋傘である。</p>
<p>フォックスをあきらめて、マリアフランチェスコも使えないと悟って、僕は前原光栄の傘を使うことにした。それでもカバンに入れておく折りたたみ傘は、クニルプスと決めている。</p>
<p>日本橋三越のイタリアフェアに美しい傘が出品されたいた。<br />
トリノ地方で手作りされている、イル・マルケザートの傘だ。<br />
16本骨の雨傘で、造型の美しさに惚れた。</p>
<p>日本の雨には耐えられない傾向があるが、頑丈さ一辺倒の傘では趣がない。</p>
<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/07/kasa3-225x300.png" alt="kasa3" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-932" />雨の日にスーツを着て、ネクタイを締めて、イル・マルケザートの傘で出かける。<br />
それもまた雨の日を憂鬱にしてしまわないライフスタイルだと思っている。</p>
<p>欧米、とくに欧州では、傘は高貴の象徴であったために、高価が常識であった。</p>
<p>日本に来た欧米人が日本の安価なビニール傘がどこでも買えることに驚いたというエピソードも、そう古くはない。</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%82%98/">傘</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%82%98/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>ターンブル＆アッサー(イギリス)</title>
		<link>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%ab%ef%bc%86%e3%82%a2%e3%83%83%e3%82%b5%e3%83%bc%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%89/</link>
		<comments>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%ab%ef%bc%86%e3%82%a2%e3%83%83%e3%82%b5%e3%83%bc%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%89/#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 21 May 2015 19:25:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ファッション]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://life-style.urayama-akitoshi.com/?p=664</guid>
		<description><![CDATA[<p>オーダーしていたシャツがロンドンから届いた。 ターンブル＆アッサーである。 シャツは、フランスのシャルベにとどめを刺すと思うが、イギリスのシャツならターンブル＆アッサーを着るべきだ。 スーツの聖地がロンドンのセセビル・ロ [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%ab%ef%bc%86%e3%82%a2%e3%83%83%e3%82%b5%e3%83%bc%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%89/">ターンブル＆アッサー<br />(イギリス)</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF3754-300x225.png" alt="DSCF3754" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-665" /></p>
<p class="m0">オーダーしていたシャツがロンドンから届いた。<br />
ターンブル＆アッサーである。</p>
<p>シャツは、フランスのシャルベにとどめを刺すと思うが、イギリスのシャツならターンブル＆アッサーを着るべきだ。<br />
スーツの聖地がロンドンのセセビル・ロウだということは広く知られている。<br />
シャツの聖地はロンドンのジャーミン・ストリートだ。</p>
<p>創業は1885年。シャツの仕立て職人だったレジナンド・ターンブルとアーネスト・アッサーの２人が始めた。<br />
ターンブル＆アッサーのシャツが今でも斬新なのは、色づかいだろう。<br />
白いシャツだけだった時代に、ブルーやピンクのシャツを発表した。</p>
<p>僕のお気に入りは、ストライプ柄を多用したシャツで、このストライプの配色と、線の配置が絶妙なところにある。<br />
ほんの少しでも、濃淡が異なると、たぶん奇をてらいすぎた憎体な派手シャツになってしまう。<br />
ほんの少しでも、線描が異なると、下種の一寸のろまの三寸のシャツになってしまう。<br />
いっけん、派手に見えて、スーツやジャケットに合わせると、優雅な気品をかもしだす。<br />
だから、チャールズ皇太子はターンブル＆アッサーのストライブシャツを着ている。</p>
<p>王室御用達（ロイヤルワラント）のシャツである。オーダーすると、<br />
「１ヶ月後にシャツを仕上げて送るので、家で３回洗濯した後、再採寸して送り返して欲しい」とメールが入る。３回洗濯することが、最上のフィットを完成させるために必要不可欠らしい。</p>
<p>ロンドンには他にも、ヒルディッチ＆キーとか、ケント＆カーウェンとか、ギーブス＆ホークスとか、２人の創業者（厳密には後継者もいる）の名前を冠したシャツ屋が多い。<br />
ホームズ＆ワトソンのように、どちらか１人が欠けると機能しなくなってしまうのがイギリス人なのだろうか。</p>
<p>ターンブル＆アッサーは、ジェームスボンドのシャツである。<br />
ホームズ＆ワトソンはコンビで活躍するが、００７は孤高のスパイだ。<br />
６代目ボンドのダニエル・クレイブは第24作『スペクター』では、トム・フォードのシャツを着る。こうして初代ショーン・コネリーから歴代ボンドが着ていたターンブル＆アッサーのシャツはスクリーンでは観られないことになってしまった。</p>
<p>ボンドは格闘したあと、結び目が乱れたネクタイを締め直し、ターンナップカフスの袖口を引っ張って、スーツスタイルを調える仕草を見せる。<br />
カチカチの襟と、カチカチの袖口。</p>
<p>フランスのシャルベのシャツが柔軟さをエレガントの基本と考えてシャツをデザインしているのに対して、イギリスのターンブル＆アッサーは堅牢こそがデグニティの基本だと考えている。<br />
その尊厳を示す仕草が、ボンドにとっては格闘後の身だしなみのリセットなのだ。<br />
このときのシャツは、カチカチのターンブル＆アッサーのシャツでなければ、表現できない。</p>
<p>ウィンストン・チャーチルもターンブル＆アッサーのシャツを愛したイギリス首相だった。<br />
あのでっぷりと太った体型をだらしなく見せないためには、ターンブル＆アッサーのカチカチのシャツが不可欠だった。まさに尊厳のシャツである。</p>
<p>ターンブル＆アッサーのシャツはクリーニングに出すべきではない。<br />
もしもクリーニングに出すなら、手仕事のクリーニング店に持ち込むべきである。<br />
水洗いと、アイロン仕上げがシャツの尊厳を保つためには必要だからだ。<br />
僕は、ロンドンから届いたターンブル＆アッサーのシャツを着ることも楽しみだが、このシャツを手洗いで洗濯するのも楽しみなのである。</p>
<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF3761-300x215.png" alt="DSCF3761" width="300" height="215" class="alignright size-medium wp-image-666" />
<p class="m0">ちなみに、シャツと同時にオーダーしたポケットチーフも生地はカチカチで、スーツやジャケットのポケットに挿したときに、ヘニャリとへたれることがない。</p>
<p>凛として立ち、凛として座る。凛として語り、凛として去る。<br />
出版社の編集者や、広告代理店の担当者と打ち合わせをした後で、あるいは企業の広報担当者に取材をした後で、退室した僕はターンブル＆アッサーのシャツの襟と袖口を調える。<br />
格闘をした後で、孤高のスパイが自分の尊厳を取り戻すために、シャツを調えるように。</p>
<p>その姿は、誰にも見られてはならない。</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%ab%ef%bc%86%e3%82%a2%e3%83%83%e3%82%b5%e3%83%bc%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%89/">ターンブル＆アッサー<br />(イギリス)</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%96%e3%83%ab%ef%bc%86%e3%82%a2%e3%83%83%e3%82%b5%e3%83%bc%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%89/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>靴</title>
		<link>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e9%9d%b4/</link>
		<comments>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e9%9d%b4/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 20 May 2015 18:17:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ファッション]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://life-style.urayama-akitoshi.com/?p=596</guid>
		<description><![CDATA[<p>裸足に下駄、足袋に草履という履き物から、靴下に靴という窮屈な生活になったのは、昭和40年前後である。 アニメや漫画で、足の指を「へ」の字にそり返して描くことがあるが、日本人の足の指が「へ」の字になったのは、靴を履くように [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e9%9d%b4/">靴</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-medium wp-image-598" src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF0059-300x225.jpg" alt="DSCF0059" width="300" height="225" /></p>
<p class="m0">裸足に下駄、足袋に草履という履き物から、靴下に靴という窮屈な生活になったのは、昭和40年前後である。<br />
アニメや漫画で、足の指を「へ」の字にそり返して描くことがあるが、日本人の足の指が「へ」の字になったのは、靴を履くようになってから</p>
<p>だ。</p>
<p>さすが宮崎駿は「もののけ姫」に登場する人物たちの足の指を、まっすぐに伸びた状態で描いている。それが日本人の足だった。靴を履くこと</p>
<p>で窮屈になったのである。</p>
<p>サザエさんの母親、フネさんが着物に割烹着を着ている。<br />
おそらくフネさんは靴を履いていない。<br />
草履なんだろうと想像する。</p>
<p>僕の実家は、三ノ輪の履物屋だった。<br />
父親は、下駄や、草履や、雪駄を手作りする職人だった。<br />
母親は、客の注文を受けて、父親がプレーンな状態の下駄や、草履や、雪駄に客が選んだ鼻緒をすげる。そして完成品になる。履き物の販売と</p>
<p>は、こうしたものだった。</p>
<p>僕が小学校に入学する頃に、サンダルの一大ブームが日本を席巻した。<br />
靴はまだ履き慣れず、履き物から一足飛びに靴を履く服飾スタイルにもなじめなかった東京人にとって、サンダルは履き物のように、裸足でも</p>
<p>、足袋をはいていても履ける。</p>
<p>映画『ローマの休日』で、王女役のオードリー・ヘップバーンがサンダルを履いていた。<br />
自由と開放の象徴がサンダルだった。<br />
だから、昭和40年前後には、サンダルは「ヘップ」と呼ばれた。<br />
ヘップバーンが履いていたからヘップである。</p>
<p>やがて、日常の和装は東京から姿を消した。<br />
もうサザエさんの母親フネさんのような婦人はいなくなり、帰宅後の波平さんのように自宅でくつろぐときに、背広から和服に着替えるお父さ</p>
<p>んもいなくなっていった。</p>
<p>履き物は、いっきに衰退していった。</p>
<p>僕の両親は、決断をした。<br />
履物屋から靴屋へと転換したのである。<br />
のれんと屋号は「山喜屋」のまま、店内には履き物の代わりに靴やサンダルが置かれた。</p>
<p>東京の靴の製造拠点は、浅草の花川戸から橋場の辺りに集中していた。<br />
花川戸は、もともとは履き物の材料を商う街だった。<br />
それが戦後昭和の変革に押されて、靴の製造をする職人たちが集まる街になったのだ。</p>
<p>僕の父親は、靴の製造はしなかった。もともと履き物とは製造の仕方がまったく異なる。<br />
「革」が「化ける」と書いて「靴」である。<br />
靴の起源は定かではないが、ヨーロッパあるいはアラブあたりで革製のサンダルから、足全体をくるむ靴が発展していったのではないかと考え</p>
<p>られている。<br />
イギリスの、ジョンロブ、エドワードグリーン、チャーチ、クロケット＆ジョーンズなどといったブランドの靴は、正装には欠かせない。</p>
<p>結婚式や葬式では、黒のストレートチップという紐靴を履くのがマナーである。<br />
日本では、さすがに葬式では黒靴を履くが、それでもウィングチップや、プレーントウの黒靴を平気で履いている人を見かける。黒の革靴なら</p>
<p>正装だろうという誤解がある。<br />
ヨーロッパでは、とんでもないマナー違反と見なされる。<br />
結婚式となると、茶色の靴を履いて披露宴に出席する人までいて、これは赤面ものだ。<br />
和装にたとえると、紋付き羽織袴を着ているのに足袋も履かず、裸足に下駄を履いて人前に出るようなものだ。</p>
<p>僕は、いざというときのために、ジョンロブの黒いストレートチップを持っている。<br />
玄関の靴棚には置かず、寝室のクローゼットにしまってある。<br />
本当に、いざというときのための一足なのである。<br />
では、普段はどんな靴を履いているかと尋ねられると、フランスのベルルッティが多い。<br />
<a href="http://www.berluti.com/ja">http://www.berluti.com/ja</a></p>
<p>1895年に初代のアレッサンドロ・ベルルッティが創業した。<br />
アレッサンドロは、ヨーロッパを巡業するサーカス団の衣装の靴をデザインして手作りしていたらしい。だからベルルッティの靴には、いまで</p>
<p>も幻惑と哀愁と冒険の香りがする。</p>
<p>ベルルッティが使う革は、ヴェネチアンレザーと呼ばれている。<br />
ベルルッティだけが使うことを許されている最高級の革だとされている。<br />
もっともベルルッティ社が、そう言っているので、鵜呑みにできないが、たしかに革質は良い。</p>
<p>ベルルッティの靴の最大の特徴はパティーヌだろう。<br />
靴を絵のキャンパスに見立てて、独自の色付けを施す。<br />
黒一色でもなく、グレーでもなく、茶色でもない。光の当たり具合で、様々な色を見せる。<br />
アレッサンドロというモデルは、初代当主の名を冠したベルルッティの基幹靴だ。</p>
<p>ベルルッティの日本橋店で、僕がうっかり、<br />
「黒のアレッサンドロを買いたい」<br />
と言ったら、<br />
「ベルルッティには黒い靴はございません」<br />
と笑顔で言われた。皮肉にも高慢にも聞こえたが僕は屈してしまった。<br />
それはそうだ。ときに黒色に見える靴を欲しいと言ったつもりだった。<br />
いま僕が履いているアレッサンドロは黒にも、グレーにも紫色にも見える一足である。</p>
<p>ベルルッティを代表するモデルは他にもある。<br />
アンディ・ローファーは、こんな伝説を持っている。<br />
1962年に若き日のアンディ・ウォーホルがイヴ・サンローランに連れられて、ベルルッティのパリ本店を訪れた。<br />
その時にアンディに応対した４代目当主マダム・オルガ・ベルルッティがアンディ・ウォーホルの感性に捧げてデザインした。それがアンディ</p>
<p>・ローファーである。</p>
<p>僕はアンディ・ローファーの茶色い一足を履いている。<br />
いや、茶色い靴はベルルッティにはなかったんだった。茶色にも赤色にも緑色にも見えるようにパティーヌされているアンディ・ローファーを</p>
<p>履いていると言い直そう。</p>
<p>ベルルッティでは、他に紫色にも見えるピアッシングという一足と、黒色にも茶色にも見えるオルガⅢというモデルも履いている。</p>
<p>ベルルッティは、おそらくビジネスマンには向かない。<br />
デザインにエスプリが効いていて、つまりひねくれていて、なおかつ黒色でも茶色でもないパティーヌで色づけされた靴は、僕が作家だから履</p>
<p>いていられる靴なのだろうと思う。</p>
<p>1789年から革命で王権を打倒して、民衆の自由を謳ったフランス。<br />
反骨と、自由と、束縛への拒絶を内包しながら、旧体制（アンシャン・レジーム）を変革させ、新しい社会を市民によって作り上げた自負がフ</p>
<p>ランスにはある。</p>
<p>イギリスが、王政を堅守しながら、体制秩序の基盤の上に文化も服飾も発展させてきた歴史を持ち、それゆえに伝統的な靴たち。それはストレ</p>
<p>ートチップだったり、ウィングチップだったり、プレーントウだったりするのだが、そうした伝統の美意識にのっとって靴を作り続けているの</p>
<p>に対して、フランスの靴は旧体制からの脱却をめざして、靴さえも伝統からの脱却で作り出してきたのだ。</p>
<p>僕は、イギリス式の伝統にも敬意を示してイギリスのジョンロブを履くいっぽうで、作家であり、支配も束縛もされない生き方を選んだという</p>
<p>眷恋から、フランスのベルルッティを履く。誇りというよりは、サラリーマンになれなかった自分への慰めの報酬が、ベルルッティの靴なので</p>
<p>ある。</p>
<p>「靴を磨かない人」とは、上流階級に所属していて、靴磨きは使用人に任せる人たちを指している暗喩だが、僕は「靴を磨く人」である。<br />
靴を磨いていると、履き物職人から時代の変革に押されて、靴屋にならざるを得なかった父親が、販売のために陳列している靴を、丁寧に一足</p>
<p>ずつ磨いていた姿を思い出す。<br />
せめて、最上の状態にして靴を売る。そのために靴磨きに職人技を注ぐ。</p>
<p>それが父親にできる旧体制からの脱却にいそしむ自分への慰めの報酬であったのだろうと思う。</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e9%9d%b4/">靴</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e9%9d%b4/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
		<item>
		<title>シャルベ(フランス)</title>
		<link>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%ab%e3%83%99%ef%bc%88%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%ef%bc%89/</link>
		<comments>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%ab%e3%83%99%ef%bc%88%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%ef%bc%89/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:22:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ファッション]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://life-style.urayama-akitoshi.com/?p=517</guid>
		<description><![CDATA[<p>いろいろなシャツを着てきたが、結局はシャルベにたどり着く。 現在のシャツの原型を作ったのがシャルベだ。 それ以前は、襟と袖が分離しているタイプのシャツをシャツと呼んでいた。 英国貴族のドラマ『ダウントンアビー』に登場する [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%ab%e3%83%99%ef%bc%88%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%ef%bc%89/">シャルベ<br />(フランス)</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF1627-300x225.jpg" alt="DSCF1627" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-93" />
<p class="m0">いろいろなシャツを着てきたが、結局はシャルベにたどり着く。<br />
現在のシャツの原型を作ったのがシャルベだ。<br />
それ以前は、襟と袖が分離しているタイプのシャツをシャツと呼んでいた。<br />
英国貴族のドラマ『ダウントンアビー』に登場するシャツがシャツだった。<br />
糊でかっちりと固められ、叩くとカツカツと音がする硬い白一色の生地。<br />
食事のたびに着替えるのが常識で、襟と袖は、そのたびに装着されていた。<br />
それ以前はチュニックというものを着ていた。<img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF7491-300x225.jpg" alt="DSCF7491" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-94" /><br />
たとえばフランシスコ・ザビエルが着ていたあのヒダヒダの襟のシャツである。<br />
２０世紀になり、鉄道が発達してヨーロッパでは移動することが常識になった。<br />
着るのに簡便で、活動しやすい服飾が求められるようになった。<br />
またビジネスマンが登場して、やはり活動的に動きやすい服飾が求められた。<br />
こうして現在のスーツが登場し、シャツが登場した。<br />
シャルベは、この流れをいち早く取り入れた。<br /><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/0c99ae5aafa7eccc5949794fc9a907fc-300x225.jpg" alt="シャルベ" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-92" />そして柔らかい生地で襟と袖がはじめから縫い付けられている、いわゆるワイシャツを開発した。<br />
ワイシャツとは和製英語で、White Shirtの発音を日本人が聞き間違えて、ビジネスシャツのことをワイシャツと呼ぶようになったのだ。<br />
シャルベの顧客で、有名なのはＪＦケネディだろう。1960年９月26日、ニクソン候補とのテレビ討論で、ケネディはシャルベの白いシャツに濃い色のネクタイを着用して、ニクソンを論破した。<br />
スーツやネクタイはアメリカの服飾ブランドを着用したが、シャツだけはフランスのシャルベにこだわった。エレガントでありながら、活動的で、さっそうとした印象を与えられるのはシャルベのシャツだったのである。<br />
フランスの初代ドゴール大統領もシャルベの顧客だったが、そのことをシャルベ本社は公表していない。ケネディ大統領が顧客であったことも公表していない。<img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF1974-300x225.jpg" alt="DSCF1974" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-91" /><br />
シャルベの顧客リストは機密なのだ。<br />
ケネディやドゴール自身が、シャルベのシャツを着ていることを語ったために世界中に知られることになっただけである。<br />
ちなみにルパン三世のシャツもシャルベのオーダーシャツである。<br />
シャルベ本社の顧客リストに、ルパン三世の名が記載されているかどうかは、インターポールでさえ、把握していない。</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%ab%e3%83%99%ef%bc%88%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%ef%bc%89/">シャルベ<br />(フランス)</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%82%b7%e3%83%a3%e3%83%ab%e3%83%99%ef%bc%88%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%ef%bc%89/feed/</wfw:commentRss>
		<slash:comments>0</slash:comments>
		</item>
	</channel>
</rss>
