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	<title>life-style &#187; ライフ</title>
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	<description>URAYAMA-AKITOSHI</description>
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		<title>パーカー万年筆 （イギリス）</title>
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		<pubDate>Tue, 26 May 2015 21:23:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>作家であるから、万年筆を使っている。 もっとも小説にしても、ノンフィクション作品にしても、雑誌への記事を書くにしても、現在では、パソコンのキーボードで文字を打ち込むようになってしまった。 よく驚かれるが、ワードは使わない [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%83%91%e3%83%bc%e3%82%ab%e3%83%bc%e4%b8%87%e5%b9%b4%e7%ad%86-%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%89/">パーカー万年筆 <br />（イギリス）</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF0429-300x225.png" alt="DSCF0429" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-704" />作家であるから、万年筆を使っている。</p>
<p>もっとも小説にしても、ノンフィクション作品にしても、雑誌への記事を書くにしても、現在では、パソコンのキーボードで文字を打ち込むようになってしまった。</p>
<p>よく驚かれるが、ワードは使わない。一太郎も使わない。<br />
大量の文書を打ち込むには、エディターソフトを使う。</p>
<p>では、パソコンに向かいさえすれば、たとえば小説の文章が想起されるかというと、これまた違う。</p>
<p>ジャーナリストとしての記事はともかく、文芸作品や、ノンフィクション作品を執筆するときは、万年筆を使う。直筆とは不思議なもので、じっくりと考える間が生まれる。そうすると性急な文章ではなく、熟考された文章がペン先から原稿用紙に走り出すのである。</p>
<p>「あ、このペースならキーボードに移っても書き続けられるな」<br />
と思えたときに、やっと万年筆からパソコンへと執筆道具をチェンジする。</p>
<p>小説を書くときだが、僕は必ず下書きを用意する。</p>
<p>レジュメとかプロットとか呼ばれるものだが、要は、これから執筆するストーリーを原稿用紙に下書きしておくのだ。あらすじである。1時間で書けるときもあれば１週間以上かかるときもある。</p>
<p>このときこそ小説作品の方向性を決める。このときこそ、精神状態は研ぎ澄まされていなければならない。このときこそ、そして万年筆でなければいけない。</p>
<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF3850-225x300.png" alt="DSCF3850" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-707" />パーカー・デュオフォールド・インターナショナル。ニブサイズはＦ。</p>
<p>僕は、他にもモンブラン（ドイツ）や、モンテグラッパ（イタリア）や、ペリカン（ドイツ）や、ＧＦファーバー・カステル（ドイツ）や、ウォーターマン（フランス）や、ラミー（ドイツ）や、カランダッシュ（スイス）や、クロス（アメリカ）や、パイロット（日本）やプラチナ（日本）やセーラー（日本）や、カトウセイサクショ（日本）や、中屋（日本）の万年筆を使っている。</p>
<p>それでも、どうにもあらすじが書けないときには、パーカー・デュオフォールド・インターナショナルの万年筆を握る。原点回帰である。</p>
<p>ニブと呼ばれるペン先は、パーカーの場合は総じて硬筆だ。<br />
モンブランやペリカンなどは、ニブがしなる。柔らかい傾向にある。</p>
<p>僕は筆圧が強くて、速いスピードで書く癖がある。<br />
これが硬筆のニブとの相性が良いことにつながるらしい。<br />
パーカー・デュオフォールドにはセンテニアルというひとまわり太くて長い軸の万年筆があるが、これを握ると、同じ硬筆なのに、どうも疲れる。長い時間を筆致できない。</p>
<p>僕は把持力が強くて、太い軸だと指先が疲れてしまうらしい。</p>
<p>そういういくつかの理由で、出番が多いのがパーカー・デュオフォールド・インターナショナルの万年筆だということになる。</p>
<p>銀座の伊東屋文具店で買った。たしか24歳のときだったと思う。</p>
<p>パーカー万年筆。<br />
1863年、ジョージ・サッフォード・パーカーは学生たちに万年筆を売りながら、その頃はインク漏れがあるのが当たり前だった万年筆の構造の改良に取り組む。<br />
1894年、パーカーはラッキーカーブと呼ばれるインク漏れのない万年筆の開発に成功する。<br />
1924年、パーカー社はロンドンで事業を始める。<br />
1962年、英国王室御用達に認定される。</p>
<p>パーカーらしさは、矢羽根のクリップと、軸の色づかいにある。<br />
パーカー以前は、万年筆とは黒い筆記具と決まっていた。<br />
1921年に赤い万年筆のビッグレッドを発表する。<br />
1927年には黄色い万年筆のマンダリンイエローを発表する。<br />
これはジョージ・サッフォード・パーカーが日本の七宝焼きに感銘を受けて、その色を万年筆に持ち込んだというエピソードがある。</p>
<p>胸に挿してるマークはパーカー<br />
パーカー・デュオフォールド・インターナショナル。</p>
<p>駆け出し記者の僕は、一ヶ月の生活費あたる原稿料を、たった一本の万年筆に費やしてしまった。</p>
<p>週刊朝日の編集部には、デスクと呼ばれる上司たちがいた。<br />
20代の僕からしたら、熟年のおじさんで、何でも知っていて、雲の上の人たちばかりだった。<br />
ジャケットの胸ポケットには、万年筆を挿していた。<br />
それはモンブランのホワイト・スターのマークだったり、パーカーの矢羽根のクリップだったりした。</p>
<p>しかしデスクたちは、口を揃えて言うのだ。<br />
「浦山っ、取材現場では万年筆は使うな。シャープペンを使え」<br />
「浦山っ、原稿を書くときには万年筆を使うな。鉛筆を使え」</p>
<p>理由は簡単だ。<br />
「万年筆のキャップを開いている瞬間に、ノック式のシャープペンならすでに筆記を始められる」<br />
「万年筆のインクが現場で切れたら、何も書けない。元も子もない」<br />
「万年筆のインクが飛び散って、現場を汚すかもしれない」<br />
「万年筆は高価なので、無くす可能性がある現場で、使用するべきではない」</p>
<p>原稿用紙に万年筆を使わない理由も簡単で、<br />
「万年筆のインクが乾くのを待てるか、そんな時間があったら、さっさと鉛筆で書け」</p>
<p>だから僕は、取材現場でも、原稿用紙に文字を書くときも、プレスマンというシャープペンを使った。<br />
<a href="http://www.platinum-pen.co.jp/sharp_06.html">http://www.platinum-pen.co.jp/sharp_06.html</a><br />
<a href="http://prw.kyodonews.jp/opn/release/201505260487/">http://prw.kyodonews.jp/opn/release/201505260487/</a></p>
<p>その名の通り、記者のためのシャープペンである。</p>
<p>では、デスクたちの胸に挿した万年筆は、いったい何だったのか。</p>
<p>江戸時代の武士が、めったに刀を抜かないように、新聞記者なのに万年筆のキャップを抜かない。</p>
<p>「ああ、武士の魂が刀なら、記者の魂が万年筆なのかな」</p>
<p>そう思ってこのコラムが終わるなら、ロマンチックである。</p>
<p>週刊朝日の編集部から遠ざかって、20年以上が過ぎた。</p>
<p>もちろん、今でも朝日新聞社で仕事をすることがある。<br />
そして懐かしい先輩デスクや編集長は、すでに定年退職してたまに僕と一緒に食事をしてくれる。<br />
今でも朝日新聞社に籍を置く先輩や同期や後輩と、会食をする。</p>
<p>居酒屋のオヤジになっている元週刊朝日デスクにして、元週刊朝日編集長（出世したわけだ）のＭさんに2015年3月に会った。</p>
<p>昔は怖くて聞けなかった質問をした。</p>
<p>「どうして使いもしない万年筆を胸に挿していたんですか」<br />
「そりぁ、書くために決まっているだろ」<br />
「何を書くんですか」<br />
「辞職願だよ、掲載した記事について責任を取れなんて、上役ともめたときに、叩きつけてやる辞表をいつでも書けるように、俺はモンブランを胸に挿していたんだ」</p>
<p>すると、やはり元週刊朝日デスクにして、アサヒパソコンの元編集長のＩさんが言った。<br />
「いやぁ、Ｍさんは万年筆で、クレインのレターセットにせっせとラブレターを書いていたでしょう」<br />
「えっ……」<br />
と絶句すると、Ｉ元編集長は僕のスーツの胸ポケットを見て、<br />
「へぇー、浦山君は相変わらずパーカー・デュオフォールド・インターナショナルかぁ。その万年筆は今でも現役なの？」<br />
とワインのグラスを傾けた。</p>
<p>するとＭ元編集長は、<br />
「おぃ、浦山はパーカー75を使っていたこともあっただろ。お前、あの万年筆で誰にラブレターを書いたんだ」<br />
と、からかうように笑った。</p>
<p>僕は万年筆でよく手紙を書くが、ラブレターだけは書いたことがない。</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%83%91%e3%83%bc%e3%82%ab%e3%83%bc%e4%b8%87%e5%b9%b4%e7%ad%86-%ef%bc%88%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%89/">パーカー万年筆 <br />（イギリス）</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
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		<title>あじさい</title>
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		<pubDate>Sun, 24 May 2015 04:07:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>小学生の頃、集団登校する道ばたにアジサイの花が並んでいる路地があった。 小学生にとっては、雨の中に咲くアジサイは、桜の花よりも興味深かった。 花の色が変化する。 しかし一日のなかで色が変化することはなくて、もっぱら土壌が [&#8230;]</p>
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]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF0652-300x225.png" alt="DSCF0652" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-695" />小学生の頃、集団登校する道ばたにアジサイの花が並んでいる路地があった。<br />
小学生にとっては、雨の中に咲くアジサイは、桜の花よりも興味深かった。</p>
<p>花の色が変化する。<br />
しかし一日のなかで色が変化することはなくて、もっぱら土壌が酸性かアルカリ性かに左右されて花の色が変わるのだ。</p>
<p>アントシアニンという色素が含まれている。アジサイにはアントシアニンの一種のデルフィニジンが含まれている。アントシアニンは、昨今ではブルーペーリーの健康効果をうたうことで知られるようになった。<br />
何だか、健康に良さそうなアジサイだが、じつは毒を持っている。<br />
それは後ほど述べるとしよう。</p>
<p>アジサイは土壌のｐＨ（ペーハー／酸性度）によって花の色が変わる。<br />
一般に「酸性ならば青、アルカリ性ならば赤」になる。<br />
リトマス試験紙を懐かしく思い出す人もいるだろう。</p>
<p>僕などは、科学大好き少年だったから、日本橋三越の玩具売り場にあった『科学工作実験キット』のなかにセッとされていたリトマス試験紙に夢中になった。父親にねだって買ってもらった。<br />
酢やら、灰汁やら、石けん水やらにリトマス試験紙を漬けては色が赤くなったり、青くなったりするのに大はしゃぎした。</p>
<p>アジサイの色の変化も、理屈は同じだ。</p>
<p>土のｐＨが花の色に影響する。すなわち、土壌が酸性だとアルミニウムがイオンとなって土中に溶け出し、アジサイに吸収されて花のアントシアニンと結合し青色を呈する。土壌が中性やアルカリ性であればアルミニウムは溶け出さずアジサイに吸収されないため、花は赤色となる。</p>
<p>土壌がコロコロと酸性になったり、アルカリ性になったりはしないから、ひとつ処に咲いているアジサイの花の色が、コロコロと変化することはない。</p>
<p>アジサイの語源ははっきりしない。<br />
有力なのは、あづさいだ。集真藍と書く。藍色が集まったものを意味する。</p>
<p>紫陽花と漢字で書く理由は知らない。<br />
紫と書くのは、藍色に充てたのだろうと推察できるが、陽の文字は似合わない。<br />
５月から６月の、梅雨でジメジメした雨降りの季節に咲くのだから、陰気な花で、だったら紫陰花と書いたほうがふさわしい気がする。</p>
<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF0650-225x300.png" alt="DSCF0650" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-697" />東京文京区の白山神社では、毎年、紫陽花祭が催される。<br />
神社の境内とその周囲に、アジサイの花が咲き並ぶ。</p>
<p>白山神社の紫陽花祭りに出かけた。<br />
６月の晴れた日で、祭りの終盤だった。紫陽花の花はすべて刈り取られていて、茎だけが並んでいた。残酷な光景に思えた。</p>
<p>翌年に出かけたのは、曇りときどき雨の日で、アジサイの花が色とりどりに並んでいて、僕は白山神社の紫陽花祭りが、どういうものかを見ることができた。<br />
それでも、晴れやかな気分にはなれない。アジサイは陰気な花だと改めて思った。</p>
<p>小学生の頃は、花の色が変化する不思議さにワクワクしたものだが、大人になってその理屈が変哲のないものに思えると、興味は醒めてしまうのだろうか。</p>
<p>アジサイの毒については、あまり知られていない。<br />
日本料理の盛り付けに添えられたアジサイの葉を客は食べたわけではないのに、食中毒を起こした。たしか2008年のことである。</p>
<p>他にも、アメリカでアジサイを食べた牛が痙攣して死んでしまったとか、どこかの国でアジサイを食べたヤギが、ピョンピョンと飛び跳ねてから結局は死んでしまったとか、噂なのか真実なのか分からないニュースを聞いたことがある。</p>
<p>僕は、チョウセンアサガオなどに含まれている毒のアルカロイドの一種だろうとネットで検索したが、そうだと断定はできないらしい。</p>
<p>根から抽出されたヒドランギンという青酸配糖体（グリコシド）が中毒の原因であると考えられていたが、1963年にこれは誤りであると報告されているらしい。</p>
<p>そうなると、アジサイの毒は何に由来するのか。<br />
ここで花の色の変化に興味を失っていた僕は、アジサイの謎の毒性についてがぜんと興味をそそられる。</p>
<p>漢方薬として使用されるアジサイの品種から、フェブリフジンが分離されている。<br />
マラリアの治療薬として使われる他に、自己免疫疾患の治療薬としても研究が進められているらしい。<br />
それでも、アジサイの毒は品種によって、化学式が異なるらしい。</p>
<p>植物の成分なんて、現代科学をもってすれば、化学のオーソリティの腕にかかれば、簡単に分離されて、簡単に化学組成が解明されるんだろうと思っていると、それは大間違いなのだという事実をアジサイは、僕たちに突きつけてくる。</p>
<p>アジサイの毒は、まだ治療が困難な病気を解決に導いてくれるかもしれないと想像すると、陰気な花が陰湿な青色や紺色や赤色になる、まるで忍者みたいに謎だらけの花の色の変化にも意味が潜んでいる気がしてくる。。</p>
<p>そういえば、白山神社の紫陽花祭りに出かけたときに、一句詠んだ。</p>
<p>紫陽花に　傘のしずくを　捧げおり</p>
<p>季重なりの凡庸な失敗作なので、句集には入れなかった。</p>
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		<title>紅茶</title>
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		<pubDate>Thu, 21 May 2015 17:26:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>お嬢様が苦手だ。 お茶の水のアテネ・フランセという学校で僕は英語を鍛えていた。 本当は、フランス語を勉強するつもりだった。 國學院大学で第二外国語にフランス語を履修したからだ。でも入学窓口で 「待てよ、その前に英語を鍛え [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e7%b4%85%e8%8c%b6/">紅茶</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF6254-300x225.png" alt="DSCF6254" width="300" height="225" class="alignleft size-medium wp-image-654" /></p>
<p class="m0">
お嬢様が苦手だ。</p>
<p>お茶の水のアテネ・フランセという学校で僕は英語を鍛えていた。<br />
本当は、フランス語を勉強するつもりだった。<br />
國學院大学で第二外国語にフランス語を履修したからだ。でも入学窓口で<br />
「待てよ、その前に英語を鍛えるべきじゃないか」<br />
と思って、英語のクラスに入学した。真理子さんは、その英語のクラスにいた。</p>
<p>父親は大学教授、兄は東京大学の講師、真理子さんは女子美術大学の学生で、板橋区の高級住宅街に住んでいる。<br />
英語の発音が、チンチンラリンと聞こえた。<br />
話し方がサナトリウムで闘病している薄幸の少女という風情で、容姿は細身でワンピース。<br />
下町の下駄屋の息子には縁のないお嬢様だと思って、まったく意識していなかった。</p>
<p>アテネ・フランセでは英語の授業が終わると、生徒同士でお茶の水の喫茶店でおさらいの談笑会が開かれた。僕も毎回のように、喫茶店に出席した。<br />
真理子さんは、早稲田大学に通っているアメフト部を自慢する筋骨隆々とした男からアタックされていて、しかし嫌な顔を見せない。ますます僕とは縁のないお嬢様だと思った。</p>
<p>真理子さんは、コーヒーが苦手で、いつも紅茶を注文していた。<br />
ティーバッグの紅茶だった。<br />
「本当は、紅茶が好きなわけじゃないの。ただ、コーヒーの苦いのが嫌いなだけで」<br />
と真理子さんが言うと、筋骨隆々は、<br />
「ほぅほぅ、それを英語で言い直すと？」<br />
と自分は日本語しか話さないのに、やたらと真理子さんに英語をしゃべらせようとした。</p>
<p>真理子さんが、またチンチンラリンと英語を発音する。<br />
筋骨隆々は、悦に入る。<br />
「I know what enshrine the delicious tea shop in tokyo」<br />
僕は、べつに真理子さんを誘うつもりもなく、ただ筋骨隆々に嫌悪を示すために、そう言った。<br />
「Do you invit me to drink tea together？」<br />
とチンチンラリンと声がした。<br />
「Shall We？」<br />
と真理子さんは、さらに言葉をなぞった。</p>
<p>そういうはめになった。</p>
<p>次の日曜日に、僕と真理子さんは地下鉄に乗っていた。<br />
まずは、お茶の水にあったサモアールという紅茶専門店でアッサムを勧めた。<br />
次に、原宿にいまもあるクリスティーで、ダージリンとスコーンを注文した。<br />
それから銀座にあったリプトンティールームで、アールグレイを飲んだ。<br />
東銀座にあった日東紅茶のスタンド式ティールームにも行った。<br />
それから……、僕はただ、無骨に東京にある紅茶の美味しい喫茶店へと、真理子さんを連れ回した。僕が案内した喫茶店は本当に紅茶専門店でコーヒーを置いていない店だった。<br />
「紅茶って、おいしいんですね。知らなかった」<br />
と真理子さんは日本語で僕に言った。</p>
<p>いまでは、原宿のクリスティーだけが残っている。</p>
<p>初夏の夕方の地下鉄丸ノ内線が、御茶ノ水駅を通る。<br />
地下鉄なのに、一瞬だけ神田川にかかる橋の上を走るときに地上に出る。<br />
真理子さんはベンチシートに座って、まぶたを閉じて、寝顔を夕日に照らされていた。<br />
丸ノ内線が、池袋駅に着いて、真理子さんは東武東上線に乗り換える。<br />
僕は池袋駅の地下道で別れの挨拶をした。</p>
<p>お嬢様は苦手だ。<br />
ぜったいに自分からは告白しない。</p>
<p>だから、そういうはめになった。</p>
<p>真理子さんを東京中の紅茶専門店に案内したその日の夜、僕は自室の電話で、真理子さんにとりとめのない話を１時間以上はしていたと思う。<br />
哲学の話とか、小説の話とか、陰陽道の話とか、会話の内容は断片的にしか覚えていない。<br />
「わたし、馬鹿ですよ、それでも良いんですか」<br />
それが真理子さんの返事だった。<br />
告白をした覚えはない。<br />
でも、真理子さんがチンチンラリンと、そう返事をしたことだけは覚えている。</p>
<p>渋谷のガード下の、ロック喫茶で、ピンクフロイドのレコードを聴いた。<br />
作詞家を志していた僕の直筆の歌詞の原稿用紙を、真理子さんは写筆してくれて、<br />
「これでレコード会社に原稿を持ち込んでも、原本は残ります」<br />
と手渡してくれた。<br />
真理子さんの写筆の文字は、ブルーのインクで、やはりサナトリウム闘病生活風の、まるで堀辰雄の「風立ちぬ」のようなお嬢様文字だった。</p>
<p>真理子さんの家に電話をかけると、いかにも大学教授の妻である口調のお母様が、電話口に出るようになった。<br />
「真理子はただいま外出しております。ご用件はお伝えしますが」<br />
と、いつも決まって丁寧な挨拶を僕にした。</p>
<p>伝言をしても、真理子さんから電話がかかってくることはまったくなく、僕は手紙を書き送った。ある日のこと、そのお母様から僕に電話が入った。<br />
「お手紙はすべて拝読いたしました。この手紙は真理子には渡しませんが、よろしいですか」<br />
携帯電話もメールもない時代だった。どうしようもないと思った。</p>
<p>お嬢様は苦手だ。<br />
ぜったいに自分からは、連絡をしてこない。</p>
<p>それで真理子さんとの仲は、それっきりになってしまった。<br />
しばらくは紅茶を見ると、切ない気持ちになって、僕はコーヒーばかり飲んでいた。</p>
<p>銀座に、マリアージュフレールが開店したのはいつだったか。<br />
フランスの紅茶専門店で、たぶん東京で一番美味しい紅茶を提供している。<br />
特徴は香りで、マリアージュフレールでは、わざわざ香茶と表記している。<br />
<a href="http://9oo.jp/jpAGL7" target="_blank">http://9oo.jp/jpAGL7</a><br />
<a href="http://9oo.jp/EFJOQZ" target="_blank">http://9oo.jp/EFJOQZ</a><br />
僕のお気に入りは、カサブランカとマルコポーロ。</p>
<p>真理子さんとふたりで紅茶を飲んでいた21歳の僕。<br />
マリアージュフレールでひとりで紅茶を飲む56歳の僕。</p>
<p>たまにコーヒーを忘れて、紅茶だけを飲みたくなる。<br />
コーヒーを忘れたいのは、僕の自我を消し去りたいから。<br />
紅茶だけを飲むのは、集中と思考ばかりしようとする僕の精神を強制終了したいから。</p>
<p>ただ、ティーカップを傾けると、ときどき地下鉄のベンチシートに寝顔を揺らすお嬢様を思い出して、せっかく忘れた自我を呼び覚まされてしまい、困惑するときがある。</p>
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		<title>消しゴム</title>
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		<pubDate>Wed, 20 May 2015 19:33:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>小学校1年生のとき、担任の鈴木瑠津子先生から、 「消しゴムを使うのはおやめなさい」 と言われた。 「消しゴムを使うのはまだ６歳の皆さんには、とても難しいことなのよ」 と言われた。 「間違えて書いてしまったことにこそ、お勉 [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/500396-050-300x300.png" alt="500396-050" width="300" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-651" /></p>
<p class="m0">小学校1年生のとき、担任の鈴木瑠津子先生から、<br />
「消しゴムを使うのはおやめなさい」<br />
と言われた。</p>
<p>「消しゴムを使うのはまだ６歳の皆さんには、とても難しいことなのよ」<br />
と言われた。</p>
<p>「間違えて書いてしまったことにこそ、お勉強しなくてはならない大切なものが残るのよ」<br />
とも言われた。<br />
若い美人の背が高い先生で、<br />
「間違えて書いてしまったら、鉛筆で線を引きなさい」<br />
と指導された。</p>
<p>僕はあわてて、真新しい消しゴムを筆箱にしまった。</p>
<p>鉛筆と消しゴムは、ペアの組み合わせのようでいて、相対する文具でもある。<br />
何しろ、鉛筆がせっかく書いたことを、消しゴムは容赦なく消去してしまう。<br />
消しゴムが消した鉛筆の跡には、筆圧の痕跡が残る。<br />
消したつもりでも、本当は消えていないのだ。</p>
<p>失敗を繰り返す人生のような、恋愛のような、後悔のような、言い訳のような消しゴムである。</p>
<p>こう書いて、この文章がキーボードによる入力でなかったら、僕はこの恥ずかしい比喩を消しゴムで消していただろう。</p>
<p>消しゴムの代わりに、Deleteキーが、筆圧の痕跡さえ残さずに文章を消してしまう時代になった。</p>
<p>消しゴムという文房具は決して主役になれない。<br />
鉛筆で筆記した文字がなくては、消しゴムの存在理由はどこにも、まったくないからだ。<br />
それもまた哀愁を喚起する理由だろうか。</p>
<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF0141-225x300.png" alt="DSCF0141" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-700" />『私の頭のなかの消しゴム』というタイトルの韓国映画を観た。<br />
2005年に日本で公開された映画だ。韓国では2004年の公開だったようだ。<br />
日本の『Pure Soul 君が僕を忘れても』（2001年、読売テレビ制作）が原作である。<br />
裕福な階級出身のＯＬスジンと、学歴のない大工の青年チョスルの恋愛映画だった。<br />
反発しながら惹かれ合う二人は、結婚するがスジンが若年性アルツハイマーを患う。<br />
記憶が、失われていき、ついには夫のチョスルが誰なのかも分からなくなる。<br />
「私の頭のなかには消しゴムがあるんだって」<br />
とスジンが微笑みながらチョスルに打ち明けるシーンがクライマックスだった。</p>
<p>もともとは『Pure Soul君が僕を忘れても』の永作博美のセリフだった。<br />
イ・ジェハン監督が映画を制作する際、原作のこの台詞をタイトルに採用した。<br />
思うに、消しゴムをタイトルにしたことが、この映画のヒットにつながったのだと思う。<br />
それほど、消しゴムは学齢期にあったアジア人にとって、郷愁とともにあるのだろう。<br />
想起させるイメージは、どこか淡くて、切ない。</p>
<p>『私の頭のなかの消しゴム』の宣伝コピーは「死より切ない別れ」だった。<br />
アジア人と書いたが、欧米では、小学生の年齢から万年筆を使う。<br />
高級な万年筆ではなく、ペリカン社のペリカーノＪｒやラミー社のサファリなどが使われる。<br />
鉛筆はヨーロッパではイレギュラーな筆記具で、消しゴムも使われない。</p>
<p>欧米で『私の頭のなかの消しゴム』が上演されても、大ヒットしなかったのは、消しゴムへの郷愁を持たないからだろう。</p>
<p>欧米に消しゴムがまったく存在しないわけではない。<br />
そもそも消しゴムが発明されたのは、1770年にイギリスのジョゼフ・プリーストリーが、ブラジル産の天然ゴムが紙に書いた鉛筆の字を消し去る性質があることを発見したのが起源とされている。<br />
ドイツ・ニュルンベルクのステッドラー社は製図用の筆記具のメーカーだが、消しゴムのメーカーでもある。<br />
ドイツ・ハンブルクの筆記具メーカー、ロットリングも消しゴムを作り続けている。</p>
<p>日本ではレーダーのブランド名で知られる消しゴムメーカーの株式会社シードが2015年に創立100周年を迎えた。<br />
大阪市都島区の小さな企業だが、消しゴム界のみならず、世界に与えた影響は大きい。</p>
<p>トンボ「MONO」ブランドの消しゴムもOEM製造してきた消しゴムメーカーである。<br />
1958年に、世界で初めてプラスチック消しゴムを開発したメーカーで、ちなみに世界初のインク用の修正テープを発明したメーカーでもある。</p>
<p>現在では、天然ゴム由来の消しゴムは見かけない。<br />
世界中で使われている消しゴムのほとんどがプラスチック消しゴムである。</p>
<p>だから、レーダーは知る人ぞ知る消しゴムメーカーなのだ。<br />
しかしトンボという大企業の影に隠れて、まるで自社の功績を消しゴムで消されてしまったかのような企業である。<br />
消しゴムという文房具は決して主役になられない。</p>
<p>もしかしたら、消しゴムは、主役になれないのではなくて、ならないのかもしれない。</p>
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		<title>漱石の手紙</title>
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		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:45:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>手紙やハガキを万年筆の直筆でよく出すが、まず返事をもらうことはない。 きっと相手は困惑しているか、迷惑しているんだろう。 僕には手紙についての著書がある。2002年に朝日新聞社から出版された。『心にひびく日本語の手紙』だ [&#8230;]</p>
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]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>手紙やハガキを万年筆の直筆でよく出すが、まず返事をもらうことはない。<br />
きっと相手は困惑しているか、迷惑しているんだろう。</p>
<p>僕には手紙についての著書がある。2002年に朝日新聞社から出版された。『心にひびく日本語の手紙』だ。</p>
<p><a href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/?p=606"><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/kokoro01-207x300.jpg" alt="kokoro01" width="207" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-604" /></a></p>
<p>夏目漱石／森鴎外／尾崎紅葉／石川啄木／芥川龍之介／太宰治といった作家たちから織田信長／坂本龍馬などの歴史的人物（あっ、明治の文豪ですでに歴史上の人物か）そして渥美清や柳家小さん、一ノ瀬泰造、米長邦雄という、最近の人たちの手紙まで収録した。それぞれに寸評というか、コラムを書いた。巻頭と巻末にはエッセイも載せた。<br />
手紙好きが高じて手紙の本を書いたのである。</p>
<p class="clear blue mb_0">夏目漱石我が輩は無銭である</p>
<!--[if lt IE 9]><script>document.createElement('audio');</script><![endif]-->
<audio class="wp-audio-shortcode" id="audio-533-1" preload="none" style="width: 100%; visibility: hidden;" controls="controls"><source type="audio/mpeg" src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/neko.mp3?_=1" /><a href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/neko.mp3">http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/neko.mp3</a></audio>
<p class="blue mb_0">夏目漱石世の中そんなに甘くない</p>
<audio class="wp-audio-shortcode" id="audio-533-2" preload="none" style="width: 100%; visibility: hidden;" controls="controls"><source type="audio/mpeg" src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/yononaka.mp3?_=2" /><a href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/yononaka.mp3">http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/yononaka.mp3</a></audio>
<p>『心にひびく日本語の手紙』を書くうえで、大量の手紙を調べて、読み込んだ。<br />
感心驚愕したのは夏目漱石の手紙群。<br />
それはまさに群れと言っていいほどだ。漱石は毎日のように、せっせと手紙を書いていた。</p>
<p>なかでも印象に残るのは、しおりの紛失の詫び状への返事だ。<br />
漱石が庭木の葉っぱを利用して書籍のしおりを作った。<br />
門下生のひとりに、おみやげとして持たせた。<br />
その門下生は本を読んでいるときに風にしおりを飛ばしてしまい、それを漱石に詫びる長い手紙を書いた。本当に漱石を尊敬していたのだろう。そして畏れてもいたのだろう。<br />
漱石の返事の手紙は、たった一行だった。<br />
「そうですか、ではまた取りにいらっしゃい」<br />
それだけを書いて、しおりを無くした門下生に送っている。<br />
カッコイイ。</p>
<p>もう一つは長文だが東大を卒業した門下生が、漱石の著名を頼って、<br />
「せっかく東大まで出たのだから、それなりの就職をしたい。そして国もとの両親を喜ばせたい。両親に近所の人への自慢をさせてやりたい」<br />
と述べてあった手紙への返事だ。<br />
「志は自分のために、自分の力で登っていくものだ。自分で試しもしないうちに、学歴があるのだからとか、私に頼めばもっとよりよいところにだとか、国に自慢するためだとか、そんな頼ってばかりの気持ちで得た職があったとして、その先を自分の力で歩んでいけるか……」<br />
と叱る手紙だった。<br />
「そしてそんな気弱で他人の顔色ばかりをうかがっていてはたいこ持ちのような生き方になるぞ、もっとしっかりしろ。●月●日　夏目漱石」<br />
と書いて手紙は終わっているのだが、この手紙とは別に推薦状が１通だけ、ポンと同封されていたというものだ。<br />
門下生は、その手紙に恐縮し、その推薦状に涙したという。</p>
<p>愉快なのは門下生たちに送った手紙で<br />
「食事会をする。食うだけなら午後６時から、手伝うつもりなら午後５時からいらっしゃい」<br />
という手紙だ。芥川龍之介たち門下生たちは、５時より早めに駆けつけたに違いない。<br />
この３つの手紙は『心にひびく日本語の手紙』には、収録していない。<br />
自分の書斎から見える季節の移ろいを、芥川龍之介や寺田寅彦や鈴木三重吉などに書き送っているのもホッとする師弟関係で、じんわりと良い手紙が多い。</p>
<p>どうも、漱石は、小説の原稿を書く前や、書き終えた後の神経を鎮めるために、せっせと手紙を書いていたのではないかと僕には想像される。</p>
<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF2887-300x225.jpg" alt="DSCF2887" width="300" height="225" class="alignright size-medium wp-image-447" /></p>
<p class="m0">
漱石が日本橋丸善にオーダーメードしていた専用原稿用紙の復刻版が何と、丸善で販売されているというので、わざわざ買ってきた。<br />
買ってくると、これは原稿ではなくて手紙を書きたくなった。</p>
<p>僕は、毎日のように万年筆で、手紙を書いては、送る。<br />
手紙を受け取る人たちは、たぶん迷惑しているのだろう。<br />
だから、気の利いた返事をもらったことはない。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>時間</title>
		<link>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e6%99%82%e9%96%93/</link>
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		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:44:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>時間がない。生きるのに時間が足りない。僕はあ然とする。 60歳の還暦を目前にして「果たして、あとどれだけ書けるのか」を考える。 あと10年もすれば、僕は執筆できなくなってしまうのではないか。 それは定年退職後に、老後の生 [&#8230;]</p>
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]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF3751-225x300.png" alt="DSCF3751" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-613" /></p>
<p class="m0">時間がない。生きるのに時間が足りない。僕はあ然とする。</p>
<p>60歳の還暦を目前にして「果たして、あとどれだけ書けるのか」を考える。<br />
あと10年もすれば、僕は執筆できなくなってしまうのではないか。</p>
<p>それは定年退職後に、老後の生活をゆったりと生きる会社員とは違う生き方を選んでしまった、というより迷い込んで「こう生きるしかなかった僕」の人生の設計図に、綿密な計画も予算組みも完成という決着点も、何の支度もしなかった僕の落下点なのだ。</p>
<p> 時間がない。睡眠時間は４時間だが、それでも眠り過ぎだと自責する。<br />
 １日が24時間しかない。１日が48時間あっても、僕には足りない気がする。</p>
<p> 僕には休日はない。疲れ果てて眠り込んでしまうことはあるが、元日も、ゴールデンウィークも、お盆休暇も、クリスマスも、そして大晦日にも僕は仕事をしている。<br />
ちっとも偉いなんて思わない。<br />
なんて時間の使い方が下手なんだろうと、やはり自責する。</p>
<p>やらなくてはいけないことが僕を急かす。<br />
 陰陽師として鑑定をしたり、祓跋をしたり、祭儀をしたり、除霊をしたりする。<br />
だが、その日のそのタイミングに合わせて、僕は事前支度に時間を費やす。<br />
お祓いを受ける人たちは、僕が事前に精神と肉体を酷使しているなんて思わないだろう。<br />
 事後の魂の救済にも、僕は自分の魂を震わせて、祈る。<br />
お祓いを受けた人たちは、僕が祭儀の後にも、祈り続けているなんて思わないだろう。</p>
<p> 医療ジャーナリストとして、医学や薬学の情報を読みあさる。<br />
 専門医に会う前に、医学知識や、医療政策や、何より患者さんたちの声を頭のなかに叩き込んでおかなくてはならない。<br />
 診察と治療と予後に、どれだけの医療労力が注がれるかを、取材が済んだ後にも見守らなければならない。<br />
 人体と自然の神秘に魅了されることは、科学でもある。アートでもある。思いやりでもある。社会制度でもある。医師や看護師や臨床検査技師や薬剤師の舞台裏でもある。生きるという命題そのものでもある。<br />
 執筆が終わってしまえば、それで医療の視座は要らなくなるわけではないのである。</p>
<p> 小説を書かなくてはならない。<br />
 思いつきで作品が書けるほどには、僕は文才に恵まれていない。<br />
 作品を書くためには、毎日を研ぎ澄ませて生きる必要がある。<br />
 依頼が来てから、構想を練るのでは遅い。<br />
 筆を執れば、言霊が踊り、流れ、奏で、描かれなければ物語は完結なんかしないのである。<br />
 服を着ること、言葉を聞くこと、食事を口に運ぶこと、ただ眠ることにも隙があってはならない。</p>
<p>イン－ストックという会社を経営しなければならない。<br />
 経済活動を超えて、人材を育てなければならない。<br />
ありがたいことに僕のもとを巣立っていった門下生たちは、出版人やジャーナリストや作家にとして、ひとかどの評価を得ている。<br />
が、巣立った門下生たちに対して僕は責任がある。<br />
いま僕のもとに居る門下生に対して、僕には責任がある。<br />
 「つまらぬ者は金を残す。まずまずの者は名を残す。すぐれた者は人を残す」<br />
 僕は人を残す者でありたい。</p>
<p> 落語も聴きたい、音楽も聴きたい、映画も観たい、絵画も観たい、靴も磨きたい……。<br />
そんなふうに、生きてきたら、いつの間にか時間がなくなっていたのである。</p>
<p>時間を想うときに、忘れられない事例がある。<br />
 出産を終えたばかりの20代の母親が、末期がんの宣告を受けた。<br />
 余命は半年。<br />
 女の子の赤ん坊は、まだ眠ることと乳を飲むことしか知らない。<br />
 夫は会社を辞めるわけにはいかない。<br />
 生活費を稼がなければならない。<br />
 愛する夫と過ごす余命は絶望的なほどに短い。<br />
 我が子の成長を見守る時間さえ残されていない。<br />
 時間がない。<br />
 彼女はあ然として自分の時間と向き合わなければならなかった。</p>
<p> 心理学によるアドバイスが彼女を絶望の氷結点から救うことになる。<br />
それは我が子の誕生日ごとに、母親として語りかけるビデオレターを録画することだった。<br />
 時間はないのではなく、時間は生きる自分を活かすためにあると知る瞬間だった。<br />
 我が子の20歳の誕生日までに観せるビデオレター作るため、ビデオカメラに向かって語りかける。残された人生の時間を笑顔で生きることに彼女は希望を抱いた。<br />
 続いて、夫に、友人に、両親に残すビデオレターを録画したあとに、彼女は逝った。</p>
<p> 時間はないのではなく、今を生きるための指標なのである。</p>
<p> 僕には時間がない。でも今を生きることに手を抜いたりはしない。</p>
<p> 歌舞伎役者の坂東玉三郎が言っている。<br />
 「このまま歳をとれば、いつか踊れなくなるかもしれない。でもそれは明日ではないだろう。だったら、今夜は明日の舞台を務めることだけを考えてできる限りのことをして眠りに就こう」<br />
 僕には時間がない。<br />
だからこそ、いま猛烈に坂東玉三郎が踊る歌舞伎の舞台を観たかったりする。</p>
<p> 今を生きることの職人と、同じ時間を共有するためにだ。</p>
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		<item>
		<title>包帯</title>
		<link>http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%8c%85%e5%b8%af/</link>
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		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:37:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>僕はいま歯に包帯をしている。 歯周包帯とか歯周パックと呼ばれるモノで、ペースト状のガムみたいな素材を歯と歯ぐきとに伸ばして付着させる。 しばらくすると固まって、歯と歯ぐきを守る包帯になる。 歯周病の手術を受けた後などに、 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%8c%85%e5%b8%af/">包帯</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF3746-225x300.png" alt="DSCF3746" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-612" /></p>
<p class="m0">
僕はいま歯に包帯をしている。</p>
<p>歯周包帯とか歯周パックと呼ばれるモノで、ペースト状のガムみたいな素材を歯と歯ぐきとに伸ばして付着させる。<br />
しばらくすると固まって、歯と歯ぐきを守る包帯になる。<br />
歯周病の手術を受けた後などに、この歯の包帯が処置される。<br />
打ち明けると、僕は歯周病を悪化させてしまって、治療中なのだ。</p>
<p>包帯を巻くとはいうが、漢字のままの意味を採れば包むのが包帯である。<br />
医療ジャーナリスト的な知見を申し上げると、包帯は外科治療の基本である。<br />
外傷、火傷などの患部に巻いて、雑菌などの侵襲を防ぐ。<br />
患部に巻いて、出血を抑える。<br />
患部に巻いて、圧迫を加え、疼痛を和らげる。<br />
患部を固定して、筋、骨格、血管などのMotionによる組織損傷を防ぐ。</p>
<p>包帯の起源は定かではないが、医療の起源と時を同じくするくらいに古来から使われてきたようだ。古代ギリシアの壁画には、大腿部（太もも）に包帯を巻いた男の絵が残されている。</p>
<p>理髪店（床屋）の看板で円筒状にくるくる回っている看板は、血管と包帯を表現しているという説がある。<br />
12世紀のヨーロッパでは、理髪店と外科医は兼業だった。ケガを負った人は理髪店で治療を受けていたという。<br />
赤色は動脈で、青色は静脈で、白色は包帯を表しているという説は知っている人も多い。</p>
<p>ところが、血管に動脈と静脈があると発見されたのは17世紀になってからのことで、理髪店の看板の起源としては、どうやら後付けされた誤説だという。</p>
<p>包帯といえばミイラである。古代エジプトでは、死者の身体に包帯を巻いてミイラにした。<br />
日本語では木乃伊と書く。江戸時代の17世紀にポルトガル語からミイラと言う言葉は日本に定着した。</p>
<p>mirraは防腐薬のことである。<br />
古代エジプトのミイラは、遺体から内臓を取り出し、脳を取り出し、炭酸ナトリウムの液体に浸して防腐処理をする。それから包帯を身体中に巻いて棺に納めた。</p>
<p>なぜ、そんなことをしたかというと、死者を復活させるためだった。<br />
肉体は魂の入れ物であり、魂が再び現世にやってくるときに、身体が残っていないと復活できない。再生のために身体を永遠に保存する。それがエジプトのミイラ製作の思想だ。<br />
包帯は、魂のために死者を守り続けたのである。<br />
 巻くのではなく、包む包帯の祈りがそこにはある。</p>
<p>包帯は、官能的な香りがただよう。エロスというより、タナトスの官能だろうか。<br />
 夏の日に、半袖の白いシャツを着て、包帯で腕を包んだ少女が、うつむいて橋の上を歩いてくる。そんなシーンだけでもタナトスの官能が漂う。<br />
包帯に包まれた、傷なのか、痣なのか、誰にも見せない秘密なのかが隠されていて、感傷を誘いながら、その少女への淡い想いがわき上がる。</p>
<p>包帯の下を覗けば、その少女の秘密が見えるような気がする。</p>
<p>川端康成の小説には、包帯が多く描かれる。<br />
火傷を負った美人妻が包帯を巻かれて、入院しているシーンはどの小説作品に描かれていたか。<br />
女子学生が、腕に包帯を巻かれているのを級友に見せながら、<br />
「この包帯、伊達だわねぇ」<br />
と、うれしそうにはしゃぐシーンは、どの小説作品に描かれていたか。<br />
ノーベル文学賞作家の川端康成は、包帯の官能に魅せられた小説家だった。</p>
<p>指に巻かれる包帯もまた秘密の香りがする。<br />
 自分の手で、自分の指に包帯を巻くのは至難である。<br />
 誰かが巻いてくれないと、指の包帯は結べない。<br />
恋人が指にきれいに結ばれた包帯をしていたとしたら、そしてその包帯について、何も語らないとしたら、きっと思い惑うだろう。</p>
<p>包帯の下には、怪我だけでなく、秘密も隠れるが、包帯の上にもまた秘密が巻かれることがある。</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e5%8c%85%e5%b8%af/">包帯</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
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		<title>リチャード・ジノリ(イタリア)</title>
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		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:35:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>フレンチコーヒーに出会ったのは、20歳のときだった。 渋谷駅を降りて、國學院大学へ通う道とは正反対の方角にあるレジュ・ドゥというカフェに通い詰めた。 1978年当時で、小さなカップに1杯のコーヒーが500円だったから、な [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img class="alignleft size-medium wp-image-441" src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF0532-300x225.jpg" alt="DSCF0532" class="alignleft" width="300" height="225" /></p>
<p class="m0">フレンチコーヒーに出会ったのは、20歳のときだった。</p>
<p>渋谷駅を降りて、國學院大学へ通う道とは正反対の方角にあるレジュ・ドゥというカフェに通い詰めた。<br />
1978年当時で、小さなカップに1杯のコーヒーが500円だったから、なるほど高い。<br />
 國學院大学の学生食堂で300円もあればトンカツにサラダにスープまで食べられた時代だ。</p>
<p>地獄のように黒く、悪女のように薫り高く、記憶の断片をさぐるかのようにかすかに甘く、明日への不安を消し去る魔法のように苦い濃いコーヒー。<br />
ネルドリップで丁寧に淹れられるフレンチコーヒーに僕はすっかり参っていた。</p>
<p>ページを開くのは、大学の講義とはまったく関係のない、心理学の書籍だったり、スタンダールの小説だったり、アンリ・カルティエ・ブレッソンの写真集だったりした。</p>
<p>レジュドゥのコーヒーが注がれるカップは、世界各国の名窯磁器だった。<br />
ロイヤルコペンハーゲン（デンマーク）、マイセン（ドイツ）、スポードやウェッジウッド（イギリス）、ヘレンド（ハンガリー）、そしてリチャード・ジノリ（イタリア）……。<br />
どんなカップでコーヒーが運ばれてくるか、それはおみくじを開くときのドキドキに似ていた。</p>
<p>でも20歳の僕には、どうにか背伸びして500円のコーヒーを飲むことはできても、たった1客で数万円のコーヒーカップを買うことなんて、とうていできなかった。</p>
<p>それから数年が過ぎた。<br />
週刊朝日の記者になって、何度目かの原稿料で買ったのは、パーカーの万年筆とリチャードジノリのコーヒーカップだった。</p>
<p>僕は、どうかしていたに違いない。</p>
<p>たった１本の原稿を書くために、早朝から深夜まで、張り込みや追跡や突撃までする取材と、徹夜で原稿用紙に文字を埋める執筆。デスクから叩き返される原稿。<br />
どうにか掲載されても、たった数日で皆んなの記憶から消えてしまう記事。<br />
 意識を失う寸前まで原稿を書く日々は自覚はなかったけれど過酷だったに違いない。<br />
だから僕は、生活費に充てなければいけない原稿料を、たった１本の万年筆と、たった１客のコーヒーカップに散財してしまったのだ。１ヶ月の生活費はこうして消えた。</p>
<p>リチャード・ジノリ。<br />
1735年にトスカーナ大公国のカルロ・ジノリ侯爵が磁器窯を造らせた。鉱物学に造詣が深かったジノリ侯爵は自ら原料土を捜したり、ペーストの生成や発色等の磁器の研究を行い、イタリア初の白磁を完成させた。<br />
1760年頃にトスカーナのとある貴族の為に造られたイタリアンフルーツ。<br />
 白磁に、プルーン、チェリー、洋ナシ、ザクロ、無花果などの果物が描かれたデザイン。<br />
ひとつ一つが、職人による絵筆での手描きなので、１客として同じデザインのカップもソーサーも存在しない。</p>
<p>あのクタクタになって原稿に追われていた日々から、イタリアンフルーツを購入した日から、全財産をたった1客のコーヒーカップに費やしてしまった日から30年が過ぎた。<br />
そして今日も僕は、リチャード・ジノリのイタリアンフルーツのカップに自分で点てたフレンチコーヒーを注ぐ。</p>
<p>30年が過ぎても、イタリアンフルーツのデザインに飽きることがない。<br />
 考えてみれば250年以上も、このデザインは変更されたことがないのである。<br />
 変更されたことがないのに、１客として同じ絵柄が存在しないのである。</p>
<p>僕の事務所であるイン－ストックには６客のイタリアンフルーツのコーヒーカップが並んでいる。<br />
執筆の合間に疲れた身体に濶を入れてくれるコーヒーを注ぐのも、出版社から足を運んでくれる編集者に供するコーヒーを注ぐのも、門下生に人生などを偉そうに説くときに、門下生が逃げ道として口を付けられるようにそこに置いておくコーヒーを注ぐのも、リチャード・ジノリのイタリアンフルーツのカップなのである。</p>
<p>思考が秩序を失って、僕の精神の宮殿が崩壊しそうなときに、僕はイタリアンフルーツのカップにコーヒーを注ぐ。<br />
たかがコーヒー一杯で、思考の秩序は混乱をまぬがれたりはしないはずなのに。<br />
しないはずなのに、僕はたった１杯のコーヒーに救われ続けている。</p>
<p>僕は、いまだにどうかしているに違いない。<br />
どうかしている自分は、けっこう心地よかったりする。</p>
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		<title>ら抜き言葉</title>
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		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:32:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>僕は作家は、言葉を商う職人だと思っている。 そして言葉には、常に関心を持っているべきだと思う。 だから僕は、言葉についてよく考えることにしている。 さらにいえば、間違った言葉遣いをする、ましてや書くなどとは言語道断だと信 [&#8230;]</p>
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				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF9815-225x300.png" alt="DSCF9815" width="225" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-646" /></p>
<p class="clear">僕は作家は、言葉を商う職人だと思っている。<br />
そして言葉には、常に関心を持っているべきだと思う。<br />
だから僕は、言葉についてよく考えることにしている。<br />
さらにいえば、間違った言葉遣いをする、ましてや書くなどとは言語道断だと信じている。</p>
<p>あとで後悔する……なんて自分でもうっかり使ってしまいがちだが、「あとで悔やむ」か「後悔する」のどちらかにしないと二重表現である。</p>
<p>で、長きにわたって僕は「ら抜き」表現が気になってしかたなかった。<br />
 「来られる」→「来れる」<br />
 「食べられる」→「食べれる」<br />
 「見られる」→「見れる」<br />
のたぐいである。</p>
<p> 「もうこんな景色のいいところなんか、絶対に二度と来れないよねぇー」<br />
 「あのう、まだ冷やし中華、食べれますか？」<br />
 耳にするたびに、ムッンと、発言した人を見てしまうこともしばしばだ。</p>
<p>すでに民放のアナウンサーなどは、この「ら抜き」言葉を平気で発言している。<br />
さすがにＮＨＫではと思っていたら、ブラジルワールドカップの試合のときに、サッカー解説者がやたらと「ら抜き」言葉で発言を繰り返していた。<br />
そろそろ市民権を得て、かつて活字媒体が「でせふ」と表記していたのを「でしょう」と表記するようになったように、雑誌や書籍でも「このランチがたった５００円で食べれる」と堂々と表記するようになるのだろう。</p>
<p>だが、僕にはどうしても違和感があるのだ。標準表記はやはり「食べられる」である。</p>
<p>さて本題。どうもこの「ら抜き」表現は、中部地方では当たり前らしい。<br />
いご昭二画伯は、熱烈ドラゴンズファンで「……みゃー」「……でかんわ」の名古屋弁というか、尾張弁というか、とにかく中部地方出身を誇りにしている「えびふりゃぁー」の人なのであるが、ついこの間、矢場とんという「味噌カツ」をメインにした食堂が東銀座にあるというので、連れて行かれた。<br />
 「うみゃぁでかんでしょうが」<br />
 「これこそ日本一の味だがね」<br />
 「でぇ、中日ドラゴンズは、東京のなんとかいう金ばかりで選手をかきあつめとる球団に勝ちてまったか？」<br />
と店員と気さくに、かなり上機嫌で会話をしていた。</p>
<p> 東京出身の僕には理解できない空気があった。<br />
そこでいご画伯からふと、こんな発言を耳にしたのである。<br />
 「東京に来たばかりの頃は、来れるのことを来られるとかいうでしょうが、あれが気持ち悪くてねぇ。普通、来れるというでしょうが？」<br />
 「あの、食べられるとか回りくどく舌を噛みそうになる言い回しは、気取った東京弁だがね。ふつうは食べれるでしょが……」</p>
<p>……ははぁ、もしかしたら「ら抜き言葉」は名古屋人が、というか中部地方出身の人たちが持ち込んだのだろうか。たしかにら抜きは滑舌に楽な発音になる。<br />
そして「食べられる」と表現した場合。それが「尊敬」の助動詞なのか「可能」の助動詞なのかはたしかに語感から察するしかないが、「食べれる」となると、これは「可能」の助動詞に限定される。</p>
<p> 僕のノートには30年ほど前に「ら抜き言葉」は若年層で発言されるようになったと記録されている。20年前からは中年層も使うようになってきている。<br />
そしてこの10年ほどは、むしろ「ら抜き言葉」を使う人の方が増加している観がある。</p>
<p>もう「ら抜き言葉」を使うのは「やめれん」ようである。<br />
30年ほど前に、中部地方出身者の東京標準語圏への民族大移動でも起きたのだろうか。</p>
<p> 新幹線の普及あたりがあやしい気がするのだが、皆さん……そうは「考えれませんか？」</p>
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		<item>
		<title>くしゃみ</title>
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		<pubDate>Sun, 17 May 2015 11:29:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[urayama]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[ライフ]]></category>

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		<description><![CDATA[<p>ハックションは、ハックシャミから派生した。 この「くしゃみ」は「は、くさめ」から派生した。 「は」は空気を吸うときの口咽の自然音。 「くさめ」は「糞食め」とまじないの言葉を言ったもの。 古代の日本人は悪寒は、悪鬼悪霊の憑 [&#8230;]</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%81%8f%e3%81%97%e3%82%83%e3%81%bf/">くしゃみ</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://life-style.urayama-akitoshi.com/wp-content/uploads/2015/05/DSCF3767.png" alt="DSCF3767" width="600" height="450" class="alignleft size-full wp-image-690" /></p>
<p class="m0">
ハックションは、ハックシャミから派生した。</p>
<p>この「くしゃみ」は「は、くさめ」から派生した。<br />
 「は」は空気を吸うときの口咽の自然音。<br />
 「くさめ」は「糞食め」とまじないの言葉を言ったもの。</p>
<p>古代の日本人は悪寒は、悪鬼悪霊の憑依だと思っていた。<br />
それに続く「くしゃみ」は、自分の身体から息とともに魂を吐き出させようとする悪鬼悪霊の仕業だと考えた。<br />
そこで悪鬼悪霊を祓うために、その鬼霊に対して雑言を浴びせる呪言によって、自分の魂を守ろうと考えた。「糞食め」とは「ウンコを食いやがれ」とまじなったのだ。</p>
<p>つまり「ハックション」は自然な発声音ではなくて、周りの人がくしゃみをするときに、「くさめ」とか「くっさめ」とか「はくさめ」とか「はくしょん」とか言っているのを耳にして、日本人が聞き覚えて獲得した言語だということになる。</p>
<p>英語では、くしゃみをするときにatchooと発声する。<br />
イタリア語では、ecciと発声する。<br />
スペイン語では、iachisと発声する。</p>
<p>赤ん坊は日本語では「オギャー」と泣くのも、そういう音で泣くのだと学習したからだ。<br />
げんに、2歳、3歳になると、音感のいい子どもは学習によって、訴求力のある「ワァーン」という泣き声を発声するようになる。<br />
聞き入れてもらえないと、戦略的に、同じ調子で泣かずに「ヴワァーン」「ウッウッ」「アーンアンアン」と旋律を奏でる。</p>
<p>大人に対して、訴求効果のある音域と言語形態を学習した結果だ。</p>
<p>西欧人のように「オォー」と泣くことが少ないのは、ア音の母音が日本語にとって訴求効果が高いからだ。<br />
そんな狡賢いことを繰り返しながら、私たちは言語（発声）と音楽（発声）を覚えていく。</p>
<p>そして会話としての日本語と、旋律としての歌と音階を覚えていく。<br />
これが日本語のベースだ。</p>
<p>七五調とか、５音階とか、日本語は長く、奇数音律と音節に浸ってきた。<br />
「祇園精舎の　鐘のおと　諸行無常の　響きあり」（平家物語）<br />
 「古池や　かわず飛び込む　水の音」（松尾芭蕉の俳句）<br />
明治になって、西欧化が輸入されてから、偶数言語と、８音階を浸潤させていく。<br />
つまり、ハックションの６音節４分解は明治以降なのだ。</p>
<p>日本人がくしゃみをするときに「ハックション」と言うようになったのは明治以降なのである。</p>
<p>では、江戸時代までは、どんな発声でくしゃみをしていたか。<br />
クサメの３音節２分解で江戸時代まではくしゃみをしていたはずである。<br />
「ク（ッ）サメ」</p>
<p>そんなことを考えた今日。じつは生命医学の資料をずーっと読んでいた。<br />
僕の脳は、多分割思考が強く。一方向には集中思考しないらしい。<br />
だから偏差値が低くて劣等生だった。</p>
<p>つまり集中しているときに、多角的思考を排除できないのである。<br />
なぜ、僕は馬鹿なのだろうか？。</p>
<p>*************以下は読まなくていいです************************</p>
<p>ＨＬＡ発見　臓器移植医学の始まり<br />
予防医学から予測医学へ<br />
体細胞遺伝子治療には同意<br />
生殖段階の遺伝子治療には反対（継承される遺伝子）<br />
緑の革命の実践<br />
 「生態系の扶養能力の範囲内で可能な人間生活の向上」<br />
人口増加／経済発展／食糧生産・供給のバランスシート<br />
マクロ視座からミクロ視座までの食糧生産技術への配慮と行動<br />
大腸菌の三層コーティングの外層への応用<br />
→　ヒト成長ホルモン／Ｆｃタンパク　菌体内生産は今？<br />
サイクロデキストリン　アルカリ性下の生成率<br />
→　医薬／食品／農薬／工業原料<br />
アルカリ・セルラーゼ<br />
→木綿の酵素洗剤への応用<br />
未知の微生物の可能性<br />
ガン発生の要因　低量投与の危険が誇張されている<br />
ガン発生の統計調査<br />
野菜と果物の摂取がリスク低減<br />
 葉酸は今？<br />
ビタミンＢ12不足は今？<br />
ナイアシン<br />
マクロに観て<br />
 ガンマ・トコフェロール　（食物由来）<br />
アルファ・トコフェロール（サプリ由来）への警鐘<br />
職業暴露<br />
環境暴露<br />
レイチェル・カーソンへの批判<br />
リスクアセスメントの決定<br />
栄養疫学<br />
ＦＦＱ（食物摂取頻度調査票）による調査<br />
心疾患への知見／トランス脂肪への警鐘<br />
Ⅱ型糖尿病への知見／アジア系人種が2倍のインスリン抵抗性を持つ＋肥満<br />
乳ガンへの知見／脂肪摂取との関連性が認められない。ＩＧＦ－１ホルモンへの着目<br />
前立腺ガンへの知見／ＩＧＦ－１ or カルシウム過多（サプリメント）<br />
************************************************************</p>
<p>こんな医学の資料を読みながら、僕はくしゃみの発音についての考察を続けていた。<br />
だから僕は、こんなにも馬鹿なのだ。</p>
<p>本気でそう思っている。<br />
結論は、僕は何かを考えているときには、つねに余計なことを考えているということだ。<br />
ハックション。</p>
<p>投稿<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com/%e3%81%8f%e3%81%97%e3%82%83%e3%81%bf/">くしゃみ</a>は<a rel="nofollow" href="http://life-style.urayama-akitoshi.com">life-style</a>の最初に登場しました。</p>
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